あらためて思う「教育は人なり」
「日教組はがん」と言って辞任に追い込まれた中山元文科相。この発言を一部のマスコミは“失言”に仕立てた。
本書を読めば「言葉狩り」を行った者も日教組の同調者というこになろう。
この本の著者は人生の大半を主婦として懸命に生き、子育てと子供が巣立つ社会のありかたについて、真剣に戦後体制への危機感から、鎌倉の市議会議員として、第二の人生をスタートさせた。
「革新市政」の正体と職員団体との癒着、治外法権的な学校教育の実態だった。
著者は議員として、市民行政への期待を真正面から受け止めようと、果敢に挑戦したが、本書で明らかにしたように、戦後体制は既得権構造として、しっかり根を張っており、悪戦苦闘の連続だった。
これに風穴を開けたのが組合活動の行う「教研集会」への参加を校長が研修扱いとした問題で、地裁が違法としたことだった。
日教組が行なう運動について、問題を指摘しても学校から文科相に至るまでどこもこれを受け止めなかった。
こうした無責任体制こそが教育危機の元凶なのである。しかし、これに対して著者の訴えを正面から受け止めたのが「蘇れ(よみがえれ)日本!」と呼びかけたのが中山元文部科学相だ。
中山元文科相は著者の思いを受け止め、教育現場への視察を積極的に行い、具体的な施策に反映させる努力を惜しまなかった。
そのことに対する著者の喜びが直に伝わってくる。
「教育は人なり」というが、そのことをあらためて感じさせる一冊である。
『中山成彬はなぜ日教組と戦うのか』

